ちくん。
そこで何度もしつこく警告を鳴らしてくる。ちくんちくんちくんちくんちくんって突き刺さってくる。
それでは駄目。ここは突き放さないと。少しでも甘い顔をしていたら彼の為にはならないし、あたしの為にもならない。
あたしは彼が向けてくる視線から逸らすように一面中広がっている青空に視線を向けて大きく息を深呼吸させた。取り敢えず今は自分を落ち着かせるように。なるべく近くにある熱い何かを感じさせないようにして。今は余り考えないように心の中で何度も呪文を唱えていく。
「…………………………」
こんなにも外は晴れて気持ちいい天候だというのにあたしの心は酷く寂しかった。その意味を理解しているだけに一番たちが悪いようにも思えてくる。知らなくてもいい答えをあたしは知ってしまっている。
今はまるで正反対の雨が降っているみたい。水瀬くんであっても見る事の出来ないここはずっと涙を流してはあたしを濡らす。
「もう…いいでしょ」
あたしは青空を見ながらふとそう漏らした。誰の目にも映らない視線に向けながらその言葉の行き先へと。
あたしは水瀬くんの望んだ通りに言ったんだから。だからもう…いい加減頷いて、お願いだから。
「……駄目だね、そんな事じゃあ。何にも解ってない。ちゃんと俺の目を見て言ってよ、マリーちゃん」
すると突然ぽん、と小さく肩を叩かれた。そこであたしはふっと我に返って何気なく後ろを見てみるとそこにはさっきまであたしの視界から消えていた筈の水瀬くんがいつの間にかあたしの背後に立っていた。
「な……っ!」
全然気付かなかった。それもその筈、水瀬くんの行動を何一つ見ていなかったあたしにはその動きすら全く解る訳がないのだ。
「マリーちゃん」
飛び込み台との間には少し段差があり、その分何十センチかある二人の身長の差が縮まって水瀬くんはたった一年で十センチも伸びたからそれがいつもならこっちが見上げて見たりするような高さなのに今回は直ぐそこに相手の顔があるからあたしと水瀬くんとの間に距離が殆どなかった。
「…………………………」
「…………………………」
あたしはごくりと小さく息を呑んだ。目の前に本人がいる以上、変に視線を逸らす事すらもう出来ない。自分が今注いでいる向きを変えてしまえばどうしてだって事になってしまう。
やだ…見ないでよ。あたしの顔を。水瀬くん、こんなにも間近な距離であたしを見ようとしないでよ。
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- 2008/02/29(金) 00:47:32|
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「実際の話になるとそれがどうなるのかって事になったら俺にもさっぱりだよ。口ではさっきあんな事を言ったけどさ、理想と現実は違うって言うじゃん。そうなるようにこっちだって努力はしたいけど、今直ぐにって話になるときっと無理なんじゃないかなって思ったりもする。幾等頭の中では理解していてもね。その時はマリーちゃんの迷惑にはならないようにするけど、暫く時間はかかるかな?直ぐに何でも上手く切り替えが出来れば誰だって苦労はしないでしょ?」
あっさり捨ててしまえば今までの想いは何だって事になるし、俺がマリーちゃんに対する好きだっていう気持ちを裏切る事になるよ、と彼は付け足すようにあたしに対してそう言ってきた。
「マリーちゃん、言わないの?」
水瀬くんが急かしてきた。あたしが何も言わないものだからさっきからじっと待たされていて我慢できなかったのだろう。
水瀬くんなんか大嫌い!!
水瀬くんが待っているその言葉、未だ真意すら見えないその言葉を、あたしの口から言われるのを求めている。
「…水瀬くんなんか大嫌いよ」
力もなく心にもない嘘を吐いた声で彼にそう伝える。頭の中ではいつものあたしで、変わらずに強気でいられるのに実際口にするとそうではなかった。その意味は自分がよく理解しているから。
たったそれだけの言葉、短いその言葉。その一言にその全てが込められている。あたしが言う事で。例え自分を偽ってでも、例え水瀬くんを傷付けてでも。突き通さなくてはいけない。
嫌いよ…水瀬くんなんか。嫌い、嫌い、嫌い。あたしはね、もう嫌になるぐらい嫌いなの。
苦しいのよ、水瀬くんがここにいるだけで。あたしの視界に入ってくるだけで。いつもあたしの胸が張り裂けられそうになるの。
解った?これでもういいわよね。水瀬くん、もうこれで満足した?これで全部リセットして何事もなかったように出来るよね?
「…………………………」
だけど水瀬くんは何も言ってくれない。ただ只管沈黙を保ち続けている。タイミングを見計らって黙っている。計算外だった。自分から求めてきたというのにそれから何も口を開かないでいる水瀬くんに、あたしは焦った。
ねぇ、何とか言って。水瀬くん、いつものように何か言って。さっきから黙ってばかりいないで。
「…………………………」
「…………………………」
だが、ここでもまたちくん、と小さく胸が痛む。何かある度に針が出てきてあたしをまた刺してくる。あたしの意志とは明らかに反する正反対な行動を取ってきて常に困らそうとする迷惑な感情の一つ。あたしを見て悲しい表情をした水瀬くん。嫌い、その言葉に眉を顰めて表情を歪ませている。
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- 2008/02/27(水) 00:35:49|
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いつものように平然としていられるのだろうか。何を言われても笑っていられるのだろうか。本当の自分を押し殺してもう一人の自分を押し通していられるのだろうか。それはあたしがよく知る水瀬玲人でいられるのだろうか。これが自分で蒔いた種とはいえ、少し心配だった。
でもそれは何も知らないから言えるのよ、水瀬くん。水瀬くんには何も心に深い傷を持ってないものね。もしも水瀬くんがあたしと同じ立場に立ったとしたら同じような事が出来るのかしら?
また言えるのかって。嘘を事実として偽りで塗り固められた酷な事を。自らをも苦しめるような事を。
「…………………………」
本当は水瀬くんを見ているといつも元カレを思い出してしまうからそれで見られませんって。
たったそれだけの理由なのだ。ただあの人とそっくりだから嫌いであって、水瀬くん自身には本当に何の問題もないんだから。
あたしの視線は自然と水瀬くんを一点に睨み付けていた。今はそうする事でしか抵抗できない。
意地悪だ、水瀬くんは。あたしが心の底から言った事じゃないのにそれをまた言わせようとするなんて。大嫌いって。
人を簡単に傷付けてしまうその言葉。たった少ない言葉だけで人の気持ちを粉々にさせる。
正直あたしは何度もそれを口にはしたくない。本当に嫌いであるのなら遠慮なく言えてしまう事であっても。だけど、その事実は一生言えない。
「だから水瀬くんの望むような展開は本当にないからここはすっぱり諦めて次に走りなさい」
「違うって。マリーちゃん、言ったでしょ。さっき言ったみたいに俺が嫌いってちゃんと言ってよ」
「だからもういいじゃない」
あたしは焦った。本当にしぶとい性格。なかなか諦めてくれない水瀬くんの対応に少し困った。
もうさっき言ったんだし。水瀬くんをどうしてその言葉を求めようとするのよ。一度だけでもう充分じゃない。
「見切りを付けるようにずばっとね」
「見切りって言ったって水瀬くんは本当に大丈夫なわけ?」あたしは疑いを抱きながら恐る恐る本人に訊いてみた。
「何が?」
「つまり、あたしを諦めること」
「ん――っ、どうなんだろうね」と、自分で言ってきたのにも拘らずこの矛盾としたその反応。
「な、何よ、それ…」
あたしは呆れた。さっきと全然反応が違うじゃない。
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- 2008/02/25(月) 00:28:12|
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「そりゃあね。流石に俺でもそれは余り良くは思わないな」
「だから――」
ごめんなさい、とあたしは再びそう言おうとしたのだが、奏さんが口元に指をそっと当てられてその続きを遮られた。
「それが嘘だった場合ね。ひなと知り合う前であってもそれは事実なんだ」
「えっ?」
あたしは驚いて顔を上げた。
桜木谷君が言っていた事が本当に起きたこと?確か色んな女性との仲良く歩く姿を目撃してそれから――。
だが、奏さんはその疑問に対してただ無言で微笑むだけであたしが求めたかったそれ以上の答えが出てくる事はなかった。
「さてと、帰ろうか」
「帰るって。デート、しないの?」
「そうだったね。何かここにくるまで大分話がずれてしまったけど、そもそも今日はデートの為に来たんだよね」
「じゃあしよ?」
あたしは微笑んだ。手を重ねればすっぽりと隠れてしまう奏さんの大きな温かい手をぎゅぎゅっと強く握り締める。
それに久し振りの奏さんとのデートなんだし。もうずっとしていないんだから今日は思い切り楽しまないと。今まで出来なかった分を今日一日で出来るだけ全てを取り戻していかないと。
「でもその顔で?」
「顔?」
奏さんから思いがけぬ一言を受けてあたしは目をきょとんとさせた。
「メイク道具、持ってきているのなら何処か近くの化粧室に入って直しておいで」
「そんなに酷いかな?やっぱり」
今は何も自分の顔を確認する術がないから出掛ける前、自分の部屋にある鏡を目の前にしてせっせとお洒落していた綺麗なところしか知らないあたしは不安にすらなってしまう。だが、自分の顔を何の力も借りずにこの顔が見られないそんな自分が少々もどかしいし、かと言って自分の顔をこの目で確認する手段もないからそこでほっとしている自分も確かにいる。何せ奏さんに指摘されるぐらいだからだ。その原因となった発端も勿論解っているが、余程酷くなければ何もそのように言われる事はない。そのせいか、鏡を目の前にして今の顔を見るのが少し怖かったりもする。
「ちょっと泣きすぎたね。化粧とか剥がれているとこもある」
すると奏さんはあたしを握ってないもう片方の手で瞼の上から指腹でそっと触れてきた。
「お化粧道具なんか一つも持ってきてないよ。だってこんなとこで泣くなんて思ってもみなかったし」
「じゃあどうする?」
奏さんが解りきった事を言ってきた。
to be continued...
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- 2008/02/23(土) 00:19:02|
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「じゃあ俺の目を見て言って」
「どうして?」
「そうすれば諦められるから。ただ大嫌いって言われてもこっちが困る。だって俺、しぶとい性格だから」
「…………………………」
そこを何とかお願いよ、と手を合わせて必死に頭を下げても彼には無理な行動の一つなんだろう。
「マリーちゃんって絶対俺の目をなかなか見てくれないでしょ。俺が見ようとしたら咄嗟に逸らそうとするし」
「そ、そう?」
あたしは一瞬動揺した。どくん、と胸が大きく飛び上がってくる。外に漏れそうなぐらい大きな音。
「そうだよ。ほら、マリーちゃん、俺の目を見て言って。相手が嫌いなら簡単に言える言葉でしょう」
「…………………………」
あたしは思った。
水瀬くんは油断ならないな。
いつもあたしを側で毎日ずっと見ているからか、やっぱりほんの些細なその点にも気付かれていた。それぐらい普通なら誰にも気付かれないようなところであっても水瀬くんには何もかもお見通し。
入学式当日、水瀬くんが初めて保健室に来て、初めてあたしと会話を交わしてからずっと。
あたしがいつも水瀬くんを直視しないのを。そんなに長い時間本人を見詰めたままでいる事が出来ない。他の人だと平気なのに彼だけは一線をなしている。見られれば逸らしてあたしは話し続ける。今も現在進行中。水瀬くんを見ているようで実は見ていない。何処か遠くをいつも見ている。自分でも判らないところへと。何もないその先に。真っ暗なところにいる。
「…………………………」
「…………………………」
あたしが水瀬くんに見詰められたままその視線を返せるなんて早々ある事じゃない。それは今までに数えるほどしかないだろう。
じゃあ俺の目を見て言って。
水瀬くんがさっきあたしに向かって言ったこと。あたしに嫌いである事を言って欲しいらしい。
それは時に疑問にさえそう思う。何故そのような事を口にしてきたのか。理解すら出来ない。それを自分が思うのもどうかと思うが。
何とも思わないのだろうか、つまり水瀬くんが。好きな人にそのような事を言われて水瀬くんは何も。
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- 2008/02/21(木) 00:02:43|
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